朝食のパンを買った帰り道、かおりさんは電柱に貼り紙を見つけました。
それには白と茶のぶちの犬の絵、そしてかわいらしい子供の字で
『ろくすけを探しています』
と書かれてありました。
かおりさんは、ふと、足に何かが触れたのを感じて見下ろすと、そこには貼り紙にそっくりの犬が、かおりさんと同じように貼り紙を見上げていました。
かおりさんは驚いて少しの間その犬を見ていました。すると、かおりさんの方を見て、いいえ、正確に言うと、かおりさんの持っているパンの入った袋を見て、くぅんを鼻を鳴らしました。
「ろくすけ。」
かおりさんが呼んでみると、わん、とおりこうそうに吠えてしっぽをパタパタと振りました。
パンを少しちぎってあげるとすごい勢いで食べました。
「まあ、おなかが空いているのね。」
ろくすけはもっと欲しそうです。
「ついておいで、ミルクもあげるわ。」
ろくすけは、お行儀良くとことこかおりさんの後をついていきました。
ろくすけは、かおりさんの住んでいるアパートの部屋の玄関で、ミルクを充分飲むと前足に顔を乗せスヤスヤと眠り始めました。
「のんきなこと。飼主が心配しているのも知らないで。」
かおりさんは、コーヒーを入れて自分の朝ご飯を済ませると、ろくすけを起こさないようにそっと外へ出ました。
飼主の連絡先を見てくるのをすっかり忘れていたのです。
貼り紙がしてあった電柱のところへ急ぎました。
ろくすけが元気でいることを一刻も早く知らせてあげたかったのです。
ところが、そこにはすでに別の貼り紙がしてありました。
『お引越しは犬の印のわんわん便へ』
近くの貼り紙がしてありそうな場所を探しましたが見当たりません。
(どうしよう。)
アパートに戻ると、ろくすけはちらりとかおりさんの方を見てまた目を閉じました。
(困ったわ、ここでは犬は飼えないし。)
その日の夜、かおりさんは貼り紙を作りました。
『ろくすけを預かっています』
ろくすけはそんなかおりさんの足元で寝そべっていました。
それから一週間が経ちましたが一向に飼主からの連絡はありません。
かおりさんの貼り紙も昨夜の雨ではがれかかっています。
かおりさんは大家さんに話して、もうしばらくろくすけを飼わせてもらうことにしました。
ろくすけはかおりさんの部屋にすっかり慣れましたし、黄色の首輪も買ってもらいました。
かおりさんも、ろくすけとの朝晩の散歩が楽しくて仕方がありませんでした。
そんなある日、かおりさんは
(いつまでも私と一緒のご飯は良くないな。)
そう思ってドッグフードを買いました。
「ろくすけ、君のご飯を買ってきたよ。」
いつもはうれしそうにかけよってかおりさんを出迎えてくれるのに、今日は出てきません。
それどころか部屋の中は静まり返っています。
「ろくすけ。」
部屋中探しましたがろくすけはいません。
飼主が引き取りに来たのかもしれないと大家さんに聞いてみましたが、知らないと言われました。
(どこに行っちゃったんだろう。)
ろくすけは、それっきりいなくなりました。
かおりさんは淋しくて仕方がなかったので、もう一度貼り紙を作りました。
『ろくすけを探しています』
次の日貼り紙を貼っていると、一台の車が止まりました。
幼なじみのさとる君でした。
「久しぶりだね。最近仕事でこっちに引っ越してきたんだ。この辺に住んでるの?」
その日かおりさんは久しぶりに実家に帰りました。
夕飯の後、かおりさんのお母さんがうれしそうにアルバムを出してきました。
「この前押入れを整理していたら、昔のアルバムが出てきたのよ。」 ちょうど今のかおりさんと同じ年の頃でしょうか。かおりさんそっくりです。
二、三ページめくってから、かおりさんは思わず「あっ」っと声を出してしまいました。
お母さんの隣にちょこんとろくすけが座っていたのです。
「お母さん、この犬どうしたの。」
「ああ、その犬ね。なつかしいなあ。」
そう言ってお母さんは写真のその犬を撫でました。
「この犬はね、おばあちゃんが入院して、お母さんが家にひとりでいた頃、いつのまにか家に住みついて、いつのまにかいなくなってしまった犬なの。
すごくかわいがっていたから淋しくてね、貼り紙を作ったら
“よく似た犬をこの前、駅の近くで見かけました”
って電話してくれた人がいたの。それが、若い頃のお父さんだったのよ。
結局、この犬は見つからないままだったけど、思えば、この犬のおかげでわたしたち、めぐり会えたのね・・・」
かおりさんは思いました。
(ろくすけはきっとひとりぼっちで淋しがっている人のところに行ったんだね。)
ちょうどその頃、かおりさんのアパートの部屋では、さとる君からの電話のベルが鳴っていました。
―End―
comment
1年ほど前、ろくすけが突然いなくなりました。
我が家の家族になって17年。
今でも思い出すたび せつなくなります。
いつか、何処かで会えるような気がして、
似た犬を見ると脈が速くなります。
いつか、もう一度会いたい。
Story & comment by 松田 めぐみ